2階展示室のご案内

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2階展示室平面図

企画展示室

企画展示室では、不定期で展示内容を入れ替えます。

平成29年5月より第二企画展示室にて、過去にご好評いただいた企画展「望ケ丘の子どもたち」と「新良田」の再展示を行っております。併せてご覧ください。

長島愛生園歴史館特別展
十坪(とつぼ)住宅をめぐる視線

2F企画展示室

平成29年5月1日〜 開催期間は未定です
[HP掲載]
H29.5月より

十坪(とつぼ)住宅をめぐる視線 十坪住宅とは住居の建築資金を一般の寄付金に頼り、建築作業のほとんどは入所者が行い、完成すると国に寄付する、という一連の運動により建てられた建造物です。

1931(昭和6)年、昭和恐慌による経済危機や、満州事変の勃発などが起きた時代。国の予算は経済対策や戦費に割かれ、政府は療養所へ十分な予算を捻出することが出来ず、新たな建物を建造する予算は確保されませんでした。

同じ頃から本格的に行われた「無癩(らい)県運動」では文字通り癩(患者)の無い県を目指し、療養所の医師達が各県で講演会を行い、ハンセン病の感染力と皇室のご仁慈、そして差別のない近代的な設備が整った療養所で生活することこそ患者のためだと喧伝しました。この考えは「救らい思想」と呼ばれ、広く社会に浸透し、この思想に共鳴したさまざまな団体や市民の多くは、善意で寄付を集め、長島愛生園に150棟もの住宅が寄贈されました。その一方、多くの患者は無癩県運動による偏見や差別により故郷を追われ、家族からも追われ、療養所へ入所せざるを得ませんでした。療養所では増え続ける入所者のため居住環境が貧しく、入所者の多くは十坪住宅などの共同住宅で生活しました。

すべての患者を強制隔離したい国の視線。患者を救いたいという市民の視線。隔離された入所者の視線。そして少しでも良い住環境を得たいという入所者の視線。その全ての視線が交錯したものが十坪住宅と言えます。

本企画展では、1934(昭和9)年に発行された「愛生」十坪住宅建造寄附金三万円突破記念号の記載記事を中心に、十坪住宅をめぐる様々な「視線」を紹介します。

第二企画展示室

2F第二企画展示室企画展示室に関係した資料を展示しています。

第二映像室

2F第二映像室入所者の証言映像と関連映像を試聴できます。
個人ブース×6台
大型モニター×1台

映像資料
ハンセン病経験者よりあなたへのメッセージ「ハンセン病経験者よりあなたへのメッセージ」
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